虎ノ門での友人の入院見舞の帰りに、新橋の汐留ミュージアムにて、建築家坂倉準三が設計したモダニズム住宅と彼のデザインした家具の展示をみる機会を得た。海外ではコルビジュエやミースのように建築家による優れたモダンデザインの家具が生まれているが、戦後、日本においては坂倉準三がいち早く建築家による家具デザインに着手した。合板、木、硬質発泡樹脂等を使ってモダン家具の量産に成功していると同時に、竹籠を座面に利用した座椅子、小椅子のような日本の民芸家具を思わせるものまでデザインしていたことには大変驚かされた。
坂倉は明治34年(1901年)生まれ。
大正12(1923年)22才:年東京帝国大学文学部美学美術史学科入学。
昭和2年(1927年)26才:卒業。
昭和4年(1929年)28才:渡仏、コルビジュエの勧めにより土木学校で建築修学。
昭和6年(1931年)30才:コルビジュエのアトリエに入所。
昭和11年(1936年)35才:フランスより帰国。パリ万国博日本館設計のため再渡仏。
昭和13年(1938年)37才:コルビジュエのアトリエにて都市計画に協力のため滞仏。
昭和21年(1946年)45才:坂倉準三建築研究所と改称。
昭和44年(1969年)68才:9月1日逝去。
まだまだ働き盛りの年齢であって、多くの仕事をやり残したまま急逝した。
坂倉準三の巾広い仕事ぶりは後継の優秀な所員に引き継がれて今日に至っている。
阪田誠造、西澤文隆の両氏のような若い頃から私淑してきた人材が引退した後は、個性的で創造的な建築家の遺産を継承し続けることができるのか、設計事務所存続の大きな課題であろう。
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